これは、HSS型HSPの私が頑張りすぎて倒れた時の体験談です。
頑張りすぎを続けていた私が、限界を超えて強制的に休養せざるを得なくなった時のこと。
そして結果的に「何もできない、そのままの自分」を受け入れたら、いろんなことが変わり始めたということ。
そんな体験を、同じように頑張りすぎに悩む人の役に立てば、という思いで書きました。
- 休むのが苦手な人
- HSPが何もできないと焦った時に
- 頑張りすぎをやめられないHSS型HSP
- 体調不良で前に進めず不安な人
こんな悩みを持つ方の参考になれば幸いです。
無自覚に頑張りすぎていた昔の自分

私は昔から、無自覚に頑張りすぎるタイプでした。
当時は、まったく気づいてなかったけど。
今振り返ると、ずっと頑張りすぎていた…と思います。
なぜそんなに頑張っていたかと言うと、その理由は、
①「どうせやるならちゃんとやりたい」と思ってしまう
②将来への不安
というところ。
「どうせならちゃんとやりたい」と思ってしまう
私は、何をやるにしても「どうせならちゃんとやりたい」と思ってしまって、すごく高いレベルで出来るようになることを目指してしまうところがありました。
もちろんすべてにおいてではないけど、例えば、大学のサークルのテニス(全く才能なかった)、最初の就職での仕事(メーカーの技術職でキャリアウーマンを目指す)、社会人になって始めたゴルフ(テニスよりは向いてた)、心理学の勉強(臨床心理士を目指して挫折)、ダンス、打楽器など…。
一番最近の打楽器は、ただの趣味ではなく、出来る限り高いレベルの演奏ができるようになりたいとすごい勢いで取り組み、先生にも「kotosatoさんのは、ただの趣味じゃないね!」と言われるほど。
この「どうせならちゃんとやりたい」と思ってしまうのは、HSS型HSPのあるあるにもよく見られます。
例えば、
- 理想が見えてしまうから「そこに近づけたい」と思ってしまう
- 観察眼あって、細かいあらが見えるから「いい加減にやりたくない」と思う
- 人の目や評価がすぐに感じられるから「ちゃんとできる自分でいたい」と考える
などがあり、私もまったくこの通りだと思います。
でも、その努力が報われていたかというと、そうでもない。
全然だめでもないけど、自分の理想にはどれも程遠い感じで。
これは、「今の自分ではだめだ」という気持ちの表れだったなぁ、と思う。
「がんばれば、なりたい自分になれる」と信じたけどうまくいかなくて、「がんばったけどこれはダメだった。今度こそ」という感じで、できそうなことをずっと探していた気がします。
将来への不安
もう一つは将来への不安です。
40代で転職を3回した経験から、定年退職の60歳を超えたら、思うような仕事を見つけるのは難しいだろうと思ってました。
だから、自力で稼げるように、60歳になるまでに基礎を作って自活できるようにしなければ…と考えました。
何とかしないと、将来収入がなくなって「路頭に迷う」ことになるのでは…とそれはほんとに不安で…。
でも、「これを活かして仕事にしよう!」なんてものはなく、自己啓発本に書かれている通りに、必死に自分の棚卸しをしました。
よくある”あなたにとっての当たり前がお金になる”みたいなやつです。
そしていろいろ考えた結果、ブログを始めることにしました。
まあ、焦っていたのと、とにかく何かを始めなきゃ始まらないと思ってたからです。
本業の仕事の他にブログを書くというのは、残業をしているようなもので、かなり負担だったと思います。
(でも、負担になっているということも、そのころの私は気づいていませんでした)
それでも、頑張ればなんとかなる、頑張ればきっと結果が出せると信じて、無理を重ねてました。
限界を越えても、自分に休む許可が出せない

振り返ると、私はいつも「まだ大丈夫」「このくらい頑張らないと…」と思っていました。
本当は全然大丈夫じゃないのに、無意識に“頑張るモード”のまま突っ走っていたと思います。
体のサインいくつも出ていたのに、感じているしんどさを後回しにしていました。
ほんとは、一回完全休養した方がいいかもしれない、とはうすうす感じてました。
でも、その許可を自分に出していいのか、まだそれほどではないのでは?とわからず、休みに踏み切れませんでした。
それでも、ある年齢までは何とかなっていました。
止まらない私が限界を超えて強制休養になった時

そんな風に頑張り続けていた私ですが、60歳を過ぎて、体調を大きく崩しました。
これは完全休養しないとだめだと思い、通院しながら自宅で何もせず休むことにしました。
それまで、なかなか休む許可を自分に出せなかったけど、やっと自分に許可を出すことができたのです。
もう体からの強制休養ですね。
命にかかわる病気ではないけど、どうにも動けなくて、本を読む気にもなれず、ベッドに横になってYoutubeを見るだけの毎日。
横になっていると、「あれ?なんだか体が動かない…」と感じる。
ほんとに、私疲れてたんだ…と思いました。
でも、最初は2週間、と思っていたけど、それが1か月、3か月、6か月にまでなって、回復はしてるけど、元の生活に戻るには程遠い。
まさか、こんなにかかるとは。
少しよくなってきたら、せめてブログだけでも書こう、と思ってパソコンに向かうけど、体がついてこない。
気持ちだけで頑張ると、あとから症状の揺り戻しや予期せぬ不調が来ます。
回復期って、ほんとに自分が思う速度では回復しないと知りました。
自分が思うより、体のペースはずっとゆっくりです。
気持ちは焦るけど、とにかく体のペースに合わせるしかない。
それまでは、頭で頑張る計画を立てて、その通りに頑張ることが正しいと思ってました。
体調を崩すとそのやり方が通用しなくなるんですね。
朝起きると、「今日も進めない」と、不安になったり、普通の生活をしている人を見て悲しくなったり、イライラしたり…
「のんびり待とう」と思える日があっても、毎日メンタルが日替わりでぐらぐらした。
でも半年くらい経ったある日、
「今の自分を受け入れるしかない。これが今の自分を認めるということでは?」
とふと思いました。
今の自分を受け入れるということ

「今の自分を受け入れる」ってよく聞く言葉ですが、それがどういうことかよくわかってませんでした。
でもその時、それがどういうことか具体的にわかったのかもしれません。
病気になって、本当に今できることしかできなくなった。
でも、その日にできることは精いっぱいやってるよね、と気づいた。
だから、それが今の私ということ。
できないことはたくさんあるけど、今、やっていることしかできない自分が、ありのままの姿なのでは?
これをあきらめと感じる人もいるかもしれないけど、私にはあきらめと言う感じではなかったです。
かといって、ポジティブでもなく、
ただ”そのまま”という感じ。
”そのまま”を受け入れたら、別の景色が見えてきた

今の自分でも精一杯やってる。
「理想の自分」じゃないけど「今の自分」でいいのかもしれないと思った。
それが、そのままを受け入れるということか?と思ったら、しばらくそのままやってみようと思えました。
そう思って、体のペースに合わせて過ごし始めると、結果的に日々の小さなことに、”楽しい”と思う。
そんな瞬間が見えるようになってきた。
例えば…
朝の散歩が、しみじみ楽しいかもと感じる。(それまでは体調を整えるための義務だった)
新しい料理に挑戦する気になる。(新しい料理をやってみよう!と思ったのはいつぶりだろう?)
食事が「うまっ」と思える。(最近、食事は栄養をとるための義務になっていた)
TVドラマを楽しめるようになった。(子供の頃からドラマや映画は苦手だった)
読む本も、頑張りすぎていた時は、自己啓発書ばかり読んでいた。
まだ気づいていない自分の才能があるのではないかと思って、今の自分ではなく、理想の自分を探していたから。
でも、体のペースに合わせはじめて、子どものころから好きだった、日常を楽しむエッセイや、海外のちょっとおしゃれな生活を書いた本、料理のエッセイをもう一度楽しめるようになった。
本当の自分と言うには大げさすぎるような小さな楽しみ。
でもそんな小さなことが、自分を大事にするということかもしれない。
小さなことに目を止めると自分らしさが見えるかも

日々のささいなことの中に幸せを見出すことが大切だというのは、よく言われることですね。
でも、私は、理想の自分になれて、はじめて小さなことを楽しめるようになるんじゃないかと思ってました。
ところが、そうじゃなかったみたいです。
小さなことを楽しめるようになると、自分の中に本来の姿がみえてくる。
それなら「理想の自分」にならなければ、と頑張る必要もない。
といっても、私も「すっかり頑張りすぎることがなくなりました」というわけではありません。
今でも、微妙に頑張りすぎて、体調に跳ね返ることはあります。
そういう時は、あ~またやっちゃったか、と相変わらず思います。
でも、”これやったら、体には頑張りすぎかも”とだんだん感じることも増えてきました。
なにより、自分の中にない特別を欲しくなくなりました。
もっと、そのままの自分でいるってどんな感じなのか、ということに興味があります。
体調にはねるから、”強制的に”頑張りすぎができない面はあるけど、それでも、そのままの自分でできることをやろうと思って過ごすのも楽しいです。
もちろんできない自分に焦ることもある。
それでも、体のペースにあって楽しめることがあって、結果的に小さなアウトプットになることもある。
今は、できることを積み重ねて、自分にフィットする生き方を見つけられたらいいなと思います。
まとめ
変わらなくていいと思うと、小さなことの中に自分らしさが出て、逆に自分が変わっていった。
そんな私の体験を書きました。
「頑張りすぎを繰り返してしまう」方、自分らしさがわからないという方に、少しでも参考になれば幸いです。











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